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rollitup 広告批評

  古い広告を批評するブログです。  本家ブログからコンテンツを切り離して運営しているものです。  広告デザインを評論したり、古い広告を見ながら感じたことをお話していています。 昭和の思い出と振り返り、記事は随時更新です。   広告写真はクリックすると別ウィンドウで拡大できます。

広告は時代を映して

映像タイトル数を誇ろうとしたレーザーディスク

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 パイオニアレーザーディスク。

 一瞬だけ注目され、あっという間に廃れたビジネスだった。その仕事はまるで誤っていて、今では哀れという印象しかない。

 その後、彼らはカーナビで同じ失敗をし、パイオニアは会社としてどうにも立ち行かなくなっていった。



 この当時、レーザーディスクのタイトルのことを「ソフト」なんて言っていたものだ。

 確かに「映像ソフト」ではある。

 今風の言い方をすればそれは「コンテンツソフト」ということなんだろう。


 すでにビデオデッキは映像再生機として標準となり始めていたから、そこに切り込んだ以上はビデオ市場を切り崩す必要があった。

 レーザーディスクは録画が出来ず、映像の細かさは誇ったが、それもビデオ規格の改良によってあまり優位ではなくなってしまった。


 ビデオデッキは、規格を中心にして多くの競合する会社が立ち上がり、市場が日々深耕されていった。

 レーザーディスクはその独占ゆえに市場から取り残された。


 パイオニアは、いったいどんな事業展開を想定していたのだろうか。





 それはビジネスを勘違いしたとしか言いようがなかった。

 レーザーディスクとプロジェクタ、ハードを売っていればよかったものが、この広告のようにコンテンツソフトの販売にも手を出し、電機メーカーが映像ソフト販売の代理店のように振舞おうとした。


 版権やらなにやら、シロウトが泥臭いプロモートの世界に手を出して、どれだけの経験が積み上がっただろうか。

 どんなにレーザーディスクがそのラインナップを誇ったとしても、一社だけではとうてい限界があった。

 やがてレンタルビデオに火がつき、猛烈な勢いでビデオ業界が市場を広げるのを横目にパイオニアは「良質な映像コンテンツ・良質な画質」にこだわり続けた。




 こんな広告からも分かるように、パイオニアはハードとソフトの両方を手放そうとしないという誤りを犯し続けた。


 そして映像がコレクションになることにこだわり続けた。

 映像などそうそう繰り返し見られるものではなかったのに。




 この頃、すでに映像タイトルは「消費されるもの」になっていた。

 時代は映画を収蔵し、繰り返し楽しむようなものではなくなっていった。


 今の時代の走る名作が次々と生まれ、そして時代を足早に通り過ぎるようになっていった。


 鑑定家よろしく、収集のための名作を厳選してラインナップを見て、悦に入っているような時代ではなくなっていたのだった。




 この頃、パイオニアはレーザーディスク普及のためにキャラバンを組み、都市近郊の街で上映会をしていたことがある。


  会社はお気に入りのコンパニオンを揃えて依頼し、テントを用意し、そこで映画の上映会とプロモーションを行ったものだ。


 ビールと乾きモノのツマミまで出し、コンパニオンを横にはべらせ、暗いテントの中で上映したのは「エマニュエル婦人」などのエロチックなもの、ポルノまがいのものだった。

 小さな街で有力者や金持ちのオヤジたちを相手にコンパニオンでいい気分にさせ、高額なレーザーディスクセットを売ったのだった。




 最後のレーザーディスクの末路はカラオケ屋での映像サービスだった。

 やがてすぐ、それもネット配信によって凌駕されることになる。

 最初はレーザーディスクカラオケは、画質も音質もネット配信の電子音楽に較べれば格段によいものだったが、やがて追いつかれてしまった。


 それはまるで、かつてのビデオとの映像コンテンツにおけるシェア争いを再現したように思えた。

 

スキーブーム


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 バブルに突入する頃、スキーブームというのが偶然にも花開いた。


 なんの偶然か、日本全国で高騰していった地価はスキー場周辺のリゾート開発を後押しもした。

 田舎の山村がスキーリゾートに変貌していった。

 ゲレンデには金がかけられ、スキー客を呼ぼうと地方が競った。


 そうしたところでの働き手たちは農村の若者たちであり、大いに雇用が創出された。



  この広告、共同三社の広告のようだが、そんなに日本にスキーメーカーがあったかと驚く。

 ドイツスタイル、アメリカンスタイル、フレンチと、それぞれのスキー板には異なったテイストがあったらしい。

 この広告の女性の顔のイラストは意味不明だがw、この広告を見て、自分はこっちのタイプだろうとかワクワクするものがあったのだろう。 


 こういうカタログ的なものというのは好きな人にはこたえられないものだ。

 クルマでも釣り道具でも何でも、関心のない人にはどうでもよい無味乾燥なものでも、趣味があれば宝石のようにキラキラとして見るだけで楽しくなるものだ。

 その道具を見るだけで滑走する夢を見られたのだろう。




 もともとスキーなんてもとは金持ちの道楽のようなもので、揃えれば道具は高く、リフトだの宿泊だのとこれまたカネのかかる高い遊びだった。

 なにしろ道具をレンタルしようとすれば高いし、自前の道具を運ぼうとすれば高くて荷物は重い。


 スキー靴もストックも、スキー板も、そしてスキーウェアも必要だ。当時のカネで全部揃えて10万だの20万だのという話はよく聞いた。


 揃えれば揃えたで、今度はどうして運ぼうかということになる。

 クルマで出かけるならこれまたチェーンやらなにやら準備がかかる。




 その後のこと、スノボードがブームになるが、スノボに飛びついた連中はあまりそうした悩みはなかった。

 スノボは道具は少ないし、運ぶのも容易だった。

 それこそ道具ひとつで遊びに行けた。


 だからウェアも街着のようなものが流行した。

 スノボにはスキーウェアのような仰々しさはなかった。


 わざわざ着替える必要さえないようなスタイルはスノボの手軽さをますます強調し、スノボがゲレンデの主流になっていった。




 しかし、あれがウィンタースポーツの、ゲレンデ遊びの何か格調高いところを消してしまった気はする。

 結局、スノボに飛びついたチャラい連中はすぐに飽きてしまった。


 もうその時はバブルは崩壊していたから経済環境からすれば無理もなかっただろう。

 短いスノボブームは、廃れてゆくスキー場が暫く持ちこたえるための時間稼ぎにはなったはずだ。

 


 道具立てをきちんとして、用意が色々と必要なものというのは長く付き合える趣味だ。

 裾野の広さというのはその世界を支える。


 手軽にできるものというのはそうは長続きしない。

 だからテニスでもゴルフでも、常に手回り品がつきまとい、道具にもカネをかける。

 それは趣味への愛情のバロメーターだ。



 手軽に始められたものであっても、長く続けてゆく間に色んな用意をするようになり、荷物が増えてゆく。

 だから尚更、ブームが去った後は回復は難しいのかも知れない。

 それだけ溜まったものを一度は処分してしまい、また買い揃えるとなると徒労だ。


 コロナで尚更だが、あまり見ることのなくなった白い雪の積もるゲレンデは、これからどうなってゆくのだろうか。