カワセミ食堂伝説

 カワセミは英語名キングフィッシャーという。
 この鳥を見てそんな名前をつける気持ちがわかる。
 日本語の呼び方とは語感が違う。

 「瞬間を撮りたい」という、カメラ趣味の醍醐味はよくこのカワセミとマッチするのだろう。
 昔からカメラの広告にはよく使われる鳥だ。 



 嫁と知り合った頃、彼女を実家に連れて行った。誰もいない留守の実家だった。
 空き巣狙いのように隠してある鍵を探して裏口から入り、玄関から彼女を通した。
 
 「お腹すいた?」と聞いて音楽でも聞いててもらった。その間に料理をすることにした。
 冷蔵庫にあった食料でみつくろった。
 ご飯を炊いて、簡単な汁を作る。肉があったので生姜焼きにし、キャベツの千切りなど添えて出すことにした。人参に砂糖をまぶしてレンチン。グラッセができた。
 揃いの洋皿と茶碗。洋皿に野菜と肉を盛り付けて目玉焼きもつけた。
 キッチンの裏口で誰かと話しているフリをした。「はいどうも」なんて言って。 
 食事を盆に乗せてリビングに運んでいって、これは今しがた近所の「カワセミ食堂」から出前して届いたものだと言った。
 男子厨房に入り浸るべからず、である。まだ知り合った頃だったのでそんな風に言ったのかも知れない。
 それとも違う悪戯だったかも知れない。
 それに、なぜそれがカワセミという名前にしたのか。よく思い出せない。

 嫁はその食堂の名前がひどく気に入ったらしく色々と知りたがったが、適当に誤魔化した。
 洋食の出前は経験がなかったと、嫁はおいしそうに喜んで食べた。
 暑い夏のことで、ビーバーエアコンブランドの古いクーラーがかかったリビングで二人で食べた。

 よその家で食料を勝手に料理して食ったという感覚しかなかったが、面白いアイディアだった。
 「裏口から届けてきたのでまたそこに出しておけばいいんだ」、なんて言ったものだ。




 結局、その家に嫁と寄ったのは一度ぐらいのもので、家の連中に嫁を紹介することはなかった。
 嫁のすぐに信じてしまう素直さを楽しく感じた。


 後になってタネを明かしたが、信じられないと笑っていた。どう思い出してもあの時は出前だと思ったと今でも言う。カワセミが獲物を捕らえるように捉えがたい出来事だったというわけだ(笑)。
 二人にとっては幻となった「カワセミ食堂」だが、本当にそんな名前の店が実在するかは知らない。
 
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