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 これがまさしく正真正銘の本家「ラテカセ」だ。 発売したメーカーはビクターだった。


 AMとFMのラジオ、小さなブラウン管のテレビ、そしてカセットテープをひとつのボディにまとめた商品だ。

 今から考えれば、とても答えに詰まってしまい話にもならないだろうが、ラジオの何が面白かったのか、テレビの何をそんなに見たかったのか、カセットテープにダビングしてなにをする気だったのか。

 当時のコンテンツが今よりマシだったとしても、そこに答えはない。

 機能の複合自体に目的と価値があるからだ。


 まだビデオデッキの普及も進んでない時代、テレビがひとりに一台と言われるようになった時代を締めくくるようにして、こんな商品が発売されたのだった。



 電力を食うので内蔵した電池はいくらあっても足りなかった。

 せいぜいもって二時間。テレビを見ればわずか一時間で電池は切れてしまう。

 とても外へ持ってゆくような代物ではないが、見掛けだけはそんな「持ち運び」ができるようなフリはした。

 ラジオは短波放送は入らなかったし、テープもメタル対応ではなかった。

 もちろんテレビは白黒だ。




 こういう複合商品が全盛となった昭和の時代というのは長くあって、今でもたまにその名残りのように同じような発想の商品が売られていたりする。

 そのセンスはあくまでも昭和だ。


 高度成長を経て、何か便利なものという効用を探した時、高度成長の達成感から燃え尽き、行き詰まりそうになったのが当時の日本の姿だったと思う。

 そこでそれを打開するアイディアとして、このような複合商品というのが流行った。

 この当時、「ながら族」なんて言葉も登場したものだ。 


 なぜ「ながら族」だったのか。

 そこには一種の夢があったから。そう説明することができるだろう。

 我々の人生の貴重な時間が、複合商品によって簡略化でき、ひとつにまとまっていることで効率がある、そんな幻想が見れた。





 機能をフル回転させ、休ませないでいることは充実感につながった。

 売り上げという結果に関係なく、常にフル回転、フル操業がまず先に求められた時代だった。

 機械を一時さえも休ませない。

 そんなところに人々は前に進んでゆく希望、活力を見出そうとしたのだった。


 この頃から盛んになってゆく「24時間営業」のコンビニにしても同じことだった。

 24時間動いていること自体に何かの希望が感じられたのだった。

 深夜の3時にどれだけの客が必要として来るのか、そんな必要があるのか、それは今でも変わらない疑問だ。


 今ではすっかり人々はその夢から覚めてしまい、そんなものに乗ろうとする者はいない。わざわざ深夜にでかける客は少ない。

 ただ、この頃は、わざわざ24時間営業でやっている便利な店があるからと、その深夜の時間帯をわざわざ選んで出かけたり、わざわざ深夜にモノを買いに行った人々がいた。


 彼らは24時間という一日をフルに使っている自分を実感しようとし、好んで深夜を徘徊したのだった。


 「ながら族」から「24時間営業」へとつながっていったのだった。


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