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rollitup 広告批評

  古い広告を批評するブログです。  前から続けてきた本家ブログからコンテンツを切り離すことにしました。  広告デザインを評論したり、古い広告を見ながら感じたことを書いています。 昭和の思い出と振り返り、記事は最新の更新です。   広告写真はクリックすると別ウィンドウで拡大できます。

2020年08月

デルモンテ・キッコーマン

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 朝といったらトマトジュースだ。

 そういうイメージを刷り込むのにどれだけ成功したのか、どうか。

 朝は味噌汁とご飯だった日本人がこういう広告攻勢でどれだけ感化されたのかは分からない。



 朝ごはんの支度がそろそろできたと、子供を呼びに行こうとしたら、冷蔵庫をすでに開けて息子は朝のトマトジュースを飲んでいた。

 「今朝は、ボクの勝ち」、早起きしてすっかり元気な朝を迎えているということか(笑)。

 毎朝、新聞を取ってくるような犬がそれを見ている。 そんなシツケがされているような犬が坊主を見ている。


 まだ髪の毛も整えていないパパからしたらボクの方はもう準備完了というわけだ。


 ママもまだ皿を拭いているとろだ。

 海外の人々は食事の前に皿を拭く。

 洗ってから拭いたとしてもホコリを被っているものだし、たいてい皿というのは見えるところに置いてあるものだからだ。

 考えてみるとこんな家事の手順は日本とはちょっと逆かも知れない。




 注意して開かれた冷蔵庫の中を見てみると、どこか見慣れたマークがある。

 キッコーマンの醤油の瓶が見えるだろう。
 なぜにキッコーマンか。


 調べてみると、キッコーマンは1990年に完全にアジア・オセアニア地域におけるデルモンテ加工食品の商標使用権・販売権を永久的に取得したとある。


 この広告の前後でデルモンテブランドの販売権を取得したようだ。


 キッコーマンにバブルの勢いがあったのか、すでに1963年から付き合いのあったデルモンテとの関係を確実なものとした。

 醤油屋のキッコーマンがアジア地域でのグローバル展開に成功したということだろう。




 海外で醤油となると、どうしてもキッコーマンのブランドを探すことになる。

 なにしろ海外で手に入る醤油というのは紛い物が多くて苦労するからだ。

 「鎮江香醋」というのがあって、それと混同しているのかどうか、酸っぱい醤油が多い。

 「ソイソース」ということには違いないのだろうが、日本のものとは似ても似つかない。


 とても卵かけご飯で食べられるような醤油はない。

 キッコーマンが「ホンモノの醤油」として愛用されているというのは、海外駐在員でなくとも、海外の人にとっても同じなのだ。

 トマトジュースやケチャップでも、キッコーマンは同じように強力なブランドを手に入れたことになる。


 もっとも、海外では卵かけご飯を食べる人はほとんどいない。
 どんなに卵が新鮮だとしても、卵は生では食べないという。

 日本人だけが新鮮な卵が手に入ると、喜んで生で食べると言われる。

 半熟ならまだしも、生のままご飯ににかけて食べるということはない。
 

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カセット・ワインダー

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 カセットテープには昭和の人はさんざん苦労させられたはずだw。

 オープンリールからコンパクトになって便利になったのはいいが、人々はカセットテープを使いこなしてなんとか自分のモノにしようと、あれこれ知恵を絞ったことだろう。

 これもそんな製品のひとつではあるのだが、傲慢と慢心が理由か、あまり普及しなかったようだ。

 こんなキャッチコピーで寄ってくる男もいまい。



 考えてみればライフスタイルにカセットが入り込んだと思ったら、わずか十数年、まだよく慣れないうちに、カセットテープというものは急に廃れてしまったというのが事実だろう。

 その証拠にデジタルへ変わった頃、その過渡期のようなものはまるでなかったからだ。

 CDやデジタルへと、一気に全てが変わった。

 このオーディオの世界でやっていた企業担当者は、このカセットテープの栄光がずっと続くとでも考えていたのだろう。

 こんなワインダーだって、「頭の回転の速い奴」なんて言わなければ、もっと受け入れられたはずなのだ。


 好みの音楽が流れる生活は素敵だ。

 リラックスし、気分が乗り、人生を変える。カセットテープはそのツールとしてはうってつけだった。

 
 ただ、業界がその影響力の大きさゆえに胡坐をかいて、チャンスを逃してしまった。

 いくつも売れるはずのものが出し惜しみされたためにに不発に終わった。もったいぶったために売れず、機会を逃したのだ。




 他に例えば、カセットデッキやテープレコーダーからテープを交換したりすることにしても、まだ進化の余地はあった。

 カーオーディオのテープだ。
 
 あれはとても便利なものだった。文句なしに使える機構だった。
 
 カセットを差し込むだけで再生し、取り出しも楽だった。

 気軽にテープを交換できるメカニズムだったのだが、しかしなぜか、家庭用であの機構を備えたものは作られなかった。

 メーカー各社がカーオーディオの機能を温存し、棲み分け、できるだけ高く売ろうとしていたのだった。

 そのところに、あっと言う間に他の波がやってきて大きな獲物を取り逃がしてしまった。




 企業は利益計画を立てるものだ。

 だんだんと値段がこなれてゆく傾向の業界地図を予測し、収益最大化を狙って温存したり出し惜しみをする。


 しかしチャンスを失えば今更という話になってしまう。

 「幸運の女神には後ろ髪はない。」 もっと早く出しておけばよかったなんて後悔しても始まらない。

 「良いものをより安く、より便利に」当たり前のことだ。


 ウォークマンが登場し、カセットテープのもうひとつのビジネスチャンスである「ユビキタス」的なものは華開くことができた。

 しかしデッキの世界はそれとは対照的だ。

 リバーシブル、オートチェンジャー、Wカセット、多重トラック、シングルトラック、デジタル、etc。

 多くの可能性を持った製品が出し惜しみされ、もっと大きな技術進化の潮流に飲み込まれて市場を広げる前に消えた。


 製品や企業の「栄枯盛衰」などと言われることがあるが、明らかに愚かな失敗に起因するものもある。


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ナベサダのバイク

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  渡辺貞夫、いわゆるナベサダだ。

 どこかしら愛嬌のあるオッサンで、しかもそれがサックスの名手だというのだからたいそう人気があった。




 彼がキャラクターをやっているこのバイクは、当時でも珍しかったろう。

 イタリアにモトペットだかモペットというバイクがあって、自転車とバイクの中間みたいなものがあった。

 確か映画ローマの休日でもそんなのが写っている。

 主人公たちはスクーターであちこちを飛び回るのだが、その中に写っていたはずだ。その歴史は古い。

 その真似というか日本でローカライズしたモデルだ。「ソフトバイク」なんて言っているw。


 日本は免許の規制があったから、輸入しても免許がなくては乗れず、免許を持っているなら普通のバイクにみなは乗った。

 この頃は空前のバイクブームだった気がする。バイクが飛ぶように売れた。

 だから、遊び心のあるバイクというものも許され、それなりに売れた。




 現代消費社会では様々なモノが売られるが、それぞれの時代背景というものに強く影響される。

 時代に早すぎたものもあるし、遅すぎたものもある。あるいは時代の要請から出てくるものもある。


 余裕がある時代は「遊び心」が許され、求められる。ちょっとした洒落っ気のあるものが許容される。
 
 それを「余計なモノ」と定義のは卑近すぎるだろう。

 今ならモバイルのゲームやSNSほど余計な消費はないからだ。

 ただ、今の人々はこれに追い立てられている。
 そこに「余裕」はない。

 強迫観念からケータイのSNSにかぶりつき、これまでは必要のなかったコミュニケーションに飢え、歩きスマホをするのだ。

 コロナをきっかけとして、少しゆっくり、余裕のある暮らしが戻るだろうか。

 それとも先に豊かさを取り戻すのが先だろうか。そのためにいっそう追い立てられて。

 
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冷たい雪、素肌にツナギで冷ゃっこいw

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  雪ですw。

 冷たい雪に寝転んで、白いツナギ、下は素肌のままでしょう。少し色っぽい。

 胸元が開き、ちょっと日焼けしているのか、もともと地黒なのか、肌が見えます。

 涼しいです。

 ひゃっこい(笑)。


 地黒の人の肌というのは実際に触っても肌が冷たいものです(笑)。

 なかなかこの暑さですから、この時期に見るにはいい広告かも知れません。




 いい笑顔のいい写真です。

 硬さがないのがいいです。 実際に雪に寝そべったらホントは硬くなるでしょう。


 このモデルは「烏丸せつこ」だと思うのですが、どうなんでしょうか。

 確かではありません。すごく昭和のことです。

 CMや広告のモデル履歴とまでゆくと、いくらこのネットの時代でもまとめている人は少ないのでしょう。

 調べても分かりませんでした。

 わずかに伺えるボリュームのありそうな胸の膨らみと地黒であること、ふっくらとした頬っぺたなんかを見ると、きっとそうだと思うのですが。


 芸能系というのは分からない。

  


 こういうポーズと笑顔が自然にできる人と、どこか必ず硬くなって分かってしまう人というのがいます。

 大変な思いをして緊張や硬さをほぐして、大勢でやっと撮影するわけです。


 それが自然にすぐにできるかどうかというのは、モデルや女優として大成する秘訣と言っていいんでしょうか。

 結果がよければ評価されてもよいですが、撮影するが楽とかいうのは本末転倒な気がします。

 しかし、日本にはそういう話が実に多い。

 いわく、「現場スタッフへ配慮する」とか、「遅刻がなかった」とか、「NGがほとんどなかった」とか。


 結果を追求しなくてどうするのでしょう。 過程など我々にはどうでもいいのです。

 現場スタッフを怒鳴りつけようが、遅刻ばかりしようが、NGばかりだろうが、その「奇跡の一枚」が大事ではないのか。


 出来ない連中というのが「使いやすい奴ら」を使って、つまらないものしか作れない、できないならやめてしまえばいい。そう思ってしまいます。

 ハリウッドを見れば、日本はこんなところでも腑抜けのような、怠けた生ぬるいものが横行していると想像されてしまうのです。

 嗚呼。



 構図というか色使いとして、赤い帽子や白い服というのは雪に合うものです。

 ここでアースカラーなんてやったらメチャクチャですw。


 マライア・キャリーも同じようにクリスマスアルバムのジャケットでこんなことを雪の中でやっていました。

 雪に赤はとても合います。

 しかし鮮血だったらどうなのか。
 226事件とかになっちゃうんでしょうかww。浅間山荘事件とかになっちゃうのかww。


 ともかく、今日はひととき、この涼やかな広告写真で暑さを涼やかににしてもらい、少し癒されたい。


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