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rollitup 広告批評

  古い広告を批評するブログです。  前から続けてきた本家ブログからコンテンツを切り離すことにしました。  広告デザインを評論したり、古い広告を見ながら感じたことを書いています。 昭和の思い出と振り返り、記事は最新の更新です。   広告写真はクリックすると別ウィンドウで拡大できます。

2020年07月

デルモンテのブランド力

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  写真のみの広告。
 これを何と言ったらいいのか分からないが、いわば「一発広告」と言ったらよいのか。

 写真が鮮明でないのが申し訳ないが、これは、

 「スーパーで積み上げたデルモンテのトマト缶。
   それが欲しいと、一番下から取ろうとしている子供にみんなが慌てるの図」。


 この広告写真には他になんのコピーも、ましてや正式な会社名すらない。

 「見ればわかるだろう、トマトと言ったらデルモンテだ」、というわけだ。



 確かに選挙ポスターじゃないんだから、掲示責任者だの印刷所だのは必要ない。

 だからこうして広告写真に商品を載せて、そのまま出稿でオーケーは出た。


 ただ、広告掲載料というのは高いものだから、そうそうどの企業もこういう冒険みたいなことはやってられない。

 いいたいことがあり、訴求したい商品に説明をしたいし、ヘタをすれば値段すら呈示する。

 こういう余計な言葉を削った広告というのは、ブランド力や自信がないとなかなかできることではない。

  
 しかもある意味ではこういう広告は「ウザ」くない。

 だから自然に入ってくる。まるで雑誌の一部のようにも見えた。

 昭和のこんな時代には「ウザい」なんて言葉はなかったろうが、 邪魔っけな感じがしないものだ。


 そうして、このちょっと小洒落た広告写真の雰囲気が気に入り、この広告ページを切り取って、例によって壁に貼ったり、下敷きに忍ばせたり、お洒落な雰囲気を楽しむ。

 「アメリカの空気を手元に」という感じだったろう。 下敷きなんて、今時はとっくに死語なんだろうけれども(笑)。



 前からこのブログでは解説していることだが、広告写真は「雑誌のオマケ」という意味で使われることがあった。

 美しい女性や洒落た構図、ウィットに富む写真を広告にして、それを切り抜いてどこかに貼ってくれれば楽しめるじゃないか、この雑誌にはそういうオマケもついてますよ、という意味にもなった。

 雑誌自体にもブランド力は必要だ。

 「スタイル」を伝えるには広告は有用な一種のデコレーションになり、それが高じて、広告にも価値が認められたらいい、そんな狙いがあったのだった。

 そうして雑誌を買う人々には、広告写真にも記事とは違った価値があることになった。

 もっとブランド力があれば、例えば一面のあの赤地に白のコカコーラのロゴだけの広告があった。
 それがカッコよくて欲しくて、雑誌はむしろついで、そのためにカネを出してわざわざ雑誌を買ったりするぐらいのことはあった。



 もちろん、本来の付録やら「オマケ」の意味で、グラビアのヌードなんかはあったが、読者はエロを求めるばかりでもない。

 紙媒体だからこそ、紙という物理的なものとしてオマケになった。

 わざわざ切り取り線なんかやらなかった。
 さりげなくそんな狙いを潜り込ませた。

 今でもパン屋なんかが英字新聞を使って包装紙にするなどの工夫はある。

 

 最近のデジタル社会では、どうだろうか。
 一部ではアイコンプレゼントとか、 著作権フリーのアバターを配布なんてやっている。

 「デスクトップ壁紙」なんてのを配布することもある。

 同じような意味のものは現在でもある。


 石油会社のキャンペーンがどこかで宣伝されていて、「デスクトップ壁紙プレゼント」なんてやっていたことがあった。

 会社のホームページに行くと、期間限定でダウンロードできるようになっていて、水着のモデルの壁紙だった。

 もちろん、その壁紙にはさりげなくその石油会社のGSで見かけるおなじみのロゴがあった。


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バカルディ・ラム

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 小汚いボートだがそこはワイルド感たっぷりなリゾート地というイメージだろう。


 金髪ショートヘアの女ともしゃもしゃの天然パーマのブルネットの女性。どちらも小麦色に日焼けして「美しい女性の雰囲気」というのが伝わってくる。

 こうして遠目にするというのはひとつの手だ。
 見ている我々はつい想像力で補ってしまう。「ないもの」をあると思い込む。男性のほとんどはこの広告に「セクシー」なものを感じてしまう。

 写真からは女性の顔さえよく見えない。胸の膨らみすら分からないのに。

 
 金髪は長い脚が美しいし、遠目でもショートの真っ直ぐでサラサラした髪質がよく分かる、「ような気がする」。

 ブルネットの方は肩の肩甲骨あたりがセックスアピールだ。それがわかるような気がする。


 そして、こういう写真を撮る人というのは、見る人の好み、どちらにもヒットするように作る。

 「どちらかはお好み次第で」ということだ。


 みなが健康的に日焼けした肌で、カリブ海のリゾート地あたり、バカンスを楽しんでいる様子だ。

 フロリダからちょっと行けばバハマ、キューバ、ハイチ、いくらでも行くところはある。
 
 


 白人は小麦色の肌に憧れる。

 確かにあの青白く真っ白な肌というのはちょっと引く。

 白人が優越しているとか優遇されているなんて、まるで肌の色とは関係ない。むしろコンプレックスにさえなっている人々だ。
 白人は育ちや家柄で言われてしまうものだが黒人にはそういうものはない。
 いったいどちらが被差別人種なのかと思ってしまう。


 結局、人種間問題とは既得権益を巡る争いであり、奴隷解放宣言以来、負け組みの白人がなんとか身分制度のようにして特権的利益を得ようと抵抗してきたに過ぎない。

 そうしてそれが「差別」などと転化され、黒人側もそれが都合が良いと利用した。


 今の黒人の権利などという主張はあまりに中味がなく白々しい。

 拉致監禁や強制労働、暴力による簒奪ではない。黒人奴隷の歴史はそのようなものではなかった。

 「著しく不当な境遇に置かれた」というだけだ。

 今、不当な境遇を作り出しているのはむしろ黒人の側だろう。なぜわざわざ警官に盾突いてみたり犯罪歴ばかりなのか。「ないものねだり」に過ぎない。



 白人女性がローカルのBarで店の女たちと話をしていた。

 彼女たちはベタベタと彼女たちの腕をさわり、まるで羨むようにその褐色の肌を褒めていた。
 ローカルの連中も負けじと、その白い肌を触ってなんと透明で素敵なんだろうとやっていた。

 「交換したらいいよ」そう言ってからかってやると、どちらも色をなしてキッとこちらを睨んだ。


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靴を気にしていた時代

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 昔は「男は足元を見られるものだ」さんなことを言われた。

 その足元が貧相だと人間まで貧相だと決め付けられてしまう、と。 
 そうなるとなかなか見直してくれることはない、と。

 昭和によく言われた話だ。


 良い靴というのが貴重だった時代があって、アメリカでは「靴磨きが相場の話をしてきたら終わりだ」と、恐慌を予想したという話なんかがある。

 景気がよければ、靴磨きはみながよい靴を履くようになったことが分かる。

 だから靴磨きも乗ってみようかと思う。

 だが、そこが天井だ。




 みなが靴を気にして、靴を中心にした米国ウォール街の日常というものがあった。

 靴は成功の度合いに応じて買い換えられ、今の生活を反映したものだからだ。


 それが時計、つまり「手元」だったりする。

 髪、つまり「襟足」だったり、歯並びや眼鏡なんてものもある。

 結局は世間いうものは何かの基準に飛びつきたいというだけのことかも知れない。



 女性は脚が見られることはあっても足元を見られることはない。その美しさは全体に滲み出るものだ。

 一方、男性は何の仕事なのか、どんな行動パターンなのか、もろもろ観察されていること、男には社会的な立場というものがあるので男性は靴が身だしなみだとされるようになった。

 しかしそれは僅かの時間のことだ。


 歴史的に我が国で武士が草履にこだわったなどと言う話はない。

 秀吉が温めた信長の草履、大将の靴を繕って見栄えを良くしてやったわけではない。


 「脚下照顧」という成語があり、「足元」は、「脚下」だ。

 その立場や状態が所作ひとつ、脚捌きひとつで身分さえ分かるから言われたことだ。

 身分制度の時代だ。

 そうして挙句にはカネ払いが値踏みされたりする。疲れていれば足元は覚束ない、多少の金額でもカゴに乗るだろう、と。

 米国のように身分のないところに靴という基準から判断しようとする必要はなかった。


 昭和の時代というのは、そうした過去の伝統と現在の価値観が混在し混ざり合うことを許した。

 浮ついた時代でもあった。

 だから表面的な作り話が容易く人の心に入り込んだ。

 都市伝説みたいなものも多く通用して流布された時代だ。


 男がこんな靴クリームで手入れをしている間抜けさ、タッセルシューズごときでいなせだと考えてしまう単純さ。

 今なら誰もが鼻で笑ってしまうことだろう。


 今、まだ勘違いのそんなお洒落を続けている連中は年寄りぐらいのものだ。



 靴が自分に合っていなければしょうがない。

 いざという時に動けないのでは困る。 一日一万歩ぐらい歩かないでどうする。

 よい靴を履こう。それは自分の足に合った履きやすい靴、動きやすい靴のことだ。

 そうでなければ今は命さえ落しかねない。

 
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ウォークマン、産業史はもっと公正であるべきだ

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  ソニーの「ウォークマン」という革命的な製品の発売によって、世の中の生活は確実に変わった。
 それは厳然とした事実だ。

 「音楽を身につける」 、「音楽を聞きながら歩く」というのは、我々のライフスタイルにとって革命といってよいほどのインパクトがあったことだと思う。


 「音楽を聴いているから聞こえなかった」、ちょっと古い人ならこの感覚はなかなか馴染めないに違いない。

 音楽や騒音はそこに包まれるもので、我々が手元に持つものではない。

 全てが変わった。



 しかし、あまりこの革命性が強調されないのは、日本のメーカーが激しくシノギを削っていたという産業競争の事情というものがあるのだと思う。

 もちろん、日本はそういう競争によって成長することができたというのはある。

 それが悪かったわけではない。


 製品名称も、ウォーク・マンは「マン」だから、これに対抗する相手は「ボーイ」というわけだ。

 ちなみに、なぜか「テレコガール」とか「カセットギャル」みたいなものはなかった。

 最近の議論で言えば、この当時はまだ男性主導の社会、女性参画が限られていた時代だったと言えるだろうか。
 笑止w。そんなことはないだろう(笑)。


 そういう今の言葉狩りがあるなら、今ならどうだろうか、「カセット人」か(笑)。



 言いたいことは産業史におけるこうした製品の扱いについてだ。


 例えばT型フォードの発売やエジソンの電球。ウィンチェスター銃。
 あるいは近年ならバイアグラであってもいい。

 そうした産業史に名を残す製品というのは、みなそれほどの競合がなかったものだと言える。

 激しい競争の中、同種の製品や商品が各社混在して競合したものというのは、いくらその革命的な生活の変化、そこにいかに人々の暮らしに大きく与えた影響があったとしても、産業史のマイルストーンとして取り沙汰されることはない。

 タイプライターの革新性を言われることはない。
 いっそそれならグーテンベルクをというわけだ。


 きっと世間は、こういう製品については単に「時代の潮流」として片付けてしまうからなのだろう。


 同じようにパソコンもそうだった。
 ウィンドウズやアップルコンピュータも、あくまでコンピューティングの時代の潮流の中にいたというだけなのだろう。





 確かに彼らはみな、何かの社会変革を成し遂げた者の称号を得ようとして活動し、製品を世に送り出していたわけではない。

 しかし「時代史」ということを考えるとき、そういう競合の激しいものがそれ故に度外視されるということは、その基準に何か不公平なものを感じてしまうのだ。


 ノーベル賞やアカデミー賞のような、何か公正でないものを感じてしまうのだ。

 産業史研究という分野、技術史という分野には何か違うものを感じざるわけにはゆかない。


 それとも、こういう考えは、単なる郷愁的なだけなのだろうか。


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