<$BlogTitle ESCAPE$> rollitup 広告批評 

rollitup 広告批評

  古い広告を批評するブログです。  前から続けてきた本家ブログからコンテンツを切り離すことにしました。  広告デザインを評論したり、古い広告を見ながら感じたことを書いています。 昭和の思い出と振り返り、記事は最新の更新です。   広告写真はクリックすると別ウィンドウで拡大できます。

2020年05月

爽やかな若者、丸井のカード

丸井のカード


 今のことを考えるとなんと爽やかな青年なのか。

 若者がすがすがしいほど爽やかで輝くような笑顔を見せている。


 今は、なにかと裏に何か隠し持っているような連中が殆んど。歪んだ心が顔に表れている。そんな連中がテレビや雑誌を飾っているのだ。

 どうしたって一般の普通の若者も毒されてしまうだろう。

 ザイニチやそんな連中だから当然なのかも知れないが、それを見せられる人々にとっては不快感、毒でしかない。


 人間は素直さが大事だ。

 隠れてこそこそ生きて、虫のようにしていても生きている意味などない。快楽とうわべの人間関係、どこにも生きてきた証などない。そんな連中が今日も何かを騒いで、談話を飛ばしている。

 彼らのどこにも見る価値が見出せない。


 後ろめたいことを隠し、言いたいことを美化し、ポジショントークし、そして自己正当化に溢れている。「餓鬼」とはこのことか。




 今、マスメディアの有名人・著名人でそんな素直で実直で、人間性の豊かさが伺える人と言ったら誰だろうか。

 北の富士勝昭はその一人だろう。そして土井義晴氏。

 実はテレビがないので他には知らない(笑)。



 丸井というのは月賦販売で一世を風靡した会社だ。

 初任給で手が届かないものを分割で買う。そのシステムを分割払いでなく「月賦」と言った。

 昭和には金利やらなにやらで各種の規制があり、こういうシステムを役人に認めさせるには相当な労力を要した。丸井はそれを認めさせた最初の会社だ。

 次に丸井はテナント制度というものを作り出す。丸井のビルに店舗が入居して賃料と売り上げのいくらかを払うシステムを作った。

 色んな意味で丸井というのは先駆者だったのだと思う。昭和の思い出。

 今はどうなのか、先の見えない世を生きていて、ズルいものが跋扈している。月賦さえキツイに違いない。


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スペースシャトルとNikon

スペースシャトル


 スペースシャトル。そこでニコンのカメラが使われたらしい。

 もはや遠い昔のような響きだ。

 何度も使える宇宙ロケットということで脚光を浴び、軌道に乗るかと思われた。

 経済的にも1kg当たりのものを大気圏の外に運ぶのに、画期的なコスト削減になると言われたものだ。


 ただ事故を経て、結局は経済効率を優先させたようでも実はコストがかかることが分かった。

 悲劇なくば間違った考え方が通用していたことになる。人類の「夢」は夢でしかなかった。

 常識から発想されるものはこうしてたいてい間違う。ブレイクスルーとなるものは既存の価値感を打ち破るものでなければならないからだ。




 今後、数万度の大気圏再突入にもまるで耐えられるような素材でもできるなら、またスペースシャトルが蒸し返されることもあるかもしれないが、教訓的な失敗ではある。

 素材を考えず、メンテナンスを考えず、「何度も使える」「使い捨てではない」と飛びついた結果、人命が犠牲になり、結局はコストも高くついた。

 運用コストと確実性、継続可能性、所詮はその兼ね合いということになる。

 素材と言う基礎技術の大切さを忘れ、手近にあるものに夢を託しただけのことでしかなかった。


 スペースシャトル計画は廃止された。

 今は「宇宙軍」が創設され、戦略的な宇宙開発、大気圏外での実験活動という新しい計画が走り出している。

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サンスターのリンス

サンスターのリンス


 一見すると何気ない広告だが随分と常識とは違うものがある。

 リンスだけを売るというのは珍しいのだ。


 こういう業界は、シャンプーの後にリンスをという価値感の創出に成功して、 需要を喚起した。

 まるで抱き合わせのようにして同じブランドで売る。一方はシャンプー、それを使うならリンスはこちらという売り方をしていた。

 だからひとつのブランドでリンスとシャンプーをセットで競い合った。

 サンスターが顧客を掴めばリンスもシャンプーもというわけだ。
 それは今でもあまり変わらないはすだ。



 だからリンス単体でシャンプーはなんでもよいというようなこの広告には、今の時代から見ても違和感がある。

 この広告から窺えるのは、ひとつの挑戦があったということではないか、そう思う。


 シャンプーとリンスがセットで売られているから、我々はそれを分けがたいものとして買ってきた。
 さしずめラーメンとツユをセットで買っているようなものだ。




 ではなぜリンスとシャンプーが別々に売られているのかと言うと、それは「減り方の違い」がある。

 もちろんそれはマーケティング的な戦略だ。

 わざと意識してやっているのであって、自然にそうなっているわけではない。


 シャンプーがすぐになくなってしまうのに対しリンスはなかなか減らない。そうするとシャンプーが先になくなり、シャンプーだけを買い換えて次のリンスがなくなるまでと、また同じブランドを買う。

 今度はリンスがなくなる。
 そうしたらシャンプーと同じブランドのリンスを買うわけ。

 まるでリンスとシャンプーが別なブランドであれば、妙な反応をしてしまいよろしくないというイメージさえある。

 一度に、同時にすっぱりとなくなるようにシャンプーとリンスの濃度を調整などはしない。

 わざと減り方が異なるようにしているのだ。

 こういう時間差があることでいつまでもそのブランドに顧客をつなぎとめておくことができる。




 モデルはなかなかの美人さんだが最近はあまり見かけないタイプ。

 目が夢を見ているようで、おでこを出している。
 生え際の分け目が見えている。どれも写真の特徴としては最近は見かけないものがある。

 その上、耳が見えている。
 これもほとんどない。昭和の昔でもあまりやられなかったはずだ。

 女性の写真で両方の耳をここまで出している写真は実はあまりないことなのだ。モデルの写真からも異例な挑戦であったことが伺える。


 かつて画家のゴッホは、人間の部位でもっとも醜い箇所として常々「耳」と言っていたそうだ。

 人間の「耳」というのはみっともない。

 錯乱したゴッホが自分の耳を切ったのも、そういう感覚からだったかもしれない。 

 
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スキャン失敗モハメドアリ

モハメドアリ


  スキャンが失敗してしまったが、掲載しないのはあまりに残念なので掲載。

 モハメドアリを起用した広告。


 伝説のボクサーであり、鼻柱だけが高かった男が改心し、なんの洒落がムスリムに改宗までした。

 その人生の軌跡はあまりに複雑でここに書くにはおそれ多い。

 美しい人間であることを追求した男でもある。

 最初はそこに傲慢さがあれば曇ってしまうことを知らなかったが、彼はそのことに気づいた。


 アントニオ猪木との対戦はあまりにも有名だ。




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