<$BlogTitle ESCAPE$> rollitup 広告批評 

rollitup 広告批評

  古い広告を批評するブログです。  前から続けてきた本家ブログからコンテンツを切り離すことにしました。  広告デザインを評論したり、古い広告を見ながら感じたことを書いています。 昭和の思い出と振り返り、記事は最新の更新です。   広告写真はクリックすると別ウィンドウで拡大できます。

 【お詫び】3月4日以降の記事につき、画像サイズの誤りを修正しました。
 クリックしていただくと画像が拡大されるのは変わりません。

アフターシェーブローション

DSCF1697


 またしてもオールドスパイス。このメーカーの広告はこのブログにはよく登場しています。

 つくづくこのボトルデザインは昭和そのものだ思い感心します。「昭和博物館」あればそこに相応しい。

 「海が躍る」なんて、箱から高波が来ているようなギミックなことをしますが、そんなことしなくても十分にインパクトはあるのに。
 この広告写真はちょっと違和感がある。


 乳白色というか、それが少しグレーがかったこのボトル。
 これをもっと強調してもいい。

 使うと効果があるかは、まるで分からないけれどもww。



 「アフターシェーブ・ローション」というのは昭和の時代、多いに売れたと思います。
 男がヒゲを剃った後のあの「ムチムチ」っとする違和感を抑えるためのものです。


 男のヒゲというのは、例えば床屋なんかでキレイにカミソリを当ててもらい剃ればこんなものは必要ありません。
 すっきりとして、最後は温めたタオルなどで実に爽快なものです。
 こってりとヒゲを剃り、跡形もないぐらい剃られても、そこは床屋ですから肌が痛むということもありません。


 ところが、自前で安物のカミソリや電動髭剃りなんかでヒゲを当てようとすると、中途半端に剃れてしまうものです。

 こんな昭和の時代は今のように切れ味の鋭い電気カミソリなんてありませんでした。
 カミソリにしても、二枚刃どころか三枚、四枚刃なんてシェーバーが売られている今からしたら、包丁で剃っているようなものでした。

 昭和の時代、自分で剃るヒゲなど剃り残しばかりでした。


 だから、こういうアフターシェーブローションというものは、床屋さんでヒゲを当ててもらった後の蒸しタオルとはまた違った狙いのものだったと言えます。



 自前で、自分で髭剃りを使ってヒゲを剃ろうとすると、どうしても剃り残しが出ます。
 見掛けはさっぱりしたようでもヒゲが毛穴の下に潜り込んでいたりします。

 剃り終わって、後になって皮膚の下から、毛穴の奥に寝ていたヒゲがプチプチと起き上がる感覚があります。

 なんだか痒いようなムズムズした感じです。

 何度上手に剃ってもなかなか残ってしまうものです。
 そういうことに昔の男性はみな引っかかるものを感じていたのです。
 アメリカの映画でも昔はそんなシーンがよくあります。みんな慎重に丁寧にヒゲを剃ろうとします。



 ヒゲを剃るのも大変なことでした。
 上手に剃れるかどうかというのも大人への階段でした。


 そして、そこを適当なところで切り上げると、やはりなんだかムズムズしてしまうものなのです。

 しかし見た感じはそこそこ剃れていますから、そうそうしつこくはやっつけることもありません。

 あまりしつこく剃れば肌が痛んでしまいます。
 昭和の時代、大人が髭剃りに失敗して血が出た顔ほどみっともないとされたことはありません。

 そういうことをしているとまるで子供で未熟だと見られたものです。


 それで、そういう髭剃り後の違和感を抑えるものに使われたのが、アフターシェーブローションというものでした。
 
 いわば爽快感の皮膚への刺激で、ヒゲ剃り跡の不快感を誤魔化そうとするものでした。

 スットした感じをさせ、髭剃り後が爽快に感じられるようにしたのです。



 今は髭剃りが発達していますから、アフターシェーブローションの役割というのはすっかり忘れられているでしょう。

 むしろ今はシェビングローションと四枚刃のシェーバーなんかでこってりとヒゲを剃れば、肌がヒリヒリするぐらいです。
 それを抑えるローションはきっとまた別のタイプになるはずです。


 ただ、こういうアフターシェーブローションを売っている方というのは、そこまでの説明はしませんでした。
 黙って説明はせず、「髭剃り後が爽快」とやった。

 
 男性はみな多かれ少なかれ様々な違和感や不快感をヒゲ剃りの後に感じていますから、あえてターゲットを絞らないようににそういう売り方をしたのだと思います。


 もちろん、だから、気がつかない男性にとってはアフターシェーブローションというのはてんでピントくるものではありませんでした。
 ましてや少年のような、か弱い発達してないようなヒゲを剃っても、こんなものが必要だとは分からないものでした。


 昭和の子供たちが、当時の大人たちのいわば「アフターシェーブローション協奏曲」というものに対して、みな奇妙な思い出とともにに振り返るというのはそういうことです。

 それからほどなくして、すぐによく切れる二枚刃シェーバーや深剃り電気カミソリが登場することになります。


にほんブログ村 その他趣味ブログ 昭和レトロへ   
この記事が悪くなかったらクリックをお願いします!

デルモンテのブランド力

DSCF1824


  写真のみの広告。
 これを何と言ったらいいのか分からないが、いわば「一発広告」と言ったらよいのか。

 写真が鮮明でないのが申し訳ないが、これは、

 「スーパーで積み上げたデルモンテのトマト缶。
   それが欲しいと、一番下から取ろうとしている子供にみんなが慌てるの図」。


 この広告写真には他になんのコピーも、ましてや正式な会社名すらない。

 「見ればわかるだろう、トマトと言ったらデルモンテだ」、というわけだ。



 確かに選挙ポスターじゃないんだから、掲示責任者だの印刷所だのは必要ない。

 だからこうして広告写真に商品を載せて、そのまま出稿でオーケーは出た。


 ただ、広告掲載料というのは高いものだから、そうそうどの企業もこういう冒険みたいなことはやってられない。

 いいたいことがあり、訴求したい商品に説明をしたいし、ヘタをすれば値段すら呈示する。

 こういう余計な言葉を削った広告というのは、ブランド力や自信がないとなかなかできることではない。

  
 しかもある意味ではこういう広告は「ウザ」くない。

 だから自然に入ってくる。まるで雑誌の一部のようにも見えた。

 昭和のこんな時代には「ウザい」なんて言葉はなかったろうが、 邪魔っけな感じがしないものだ。


 そうして、このちょっと小洒落た広告写真の雰囲気が気に入り、この広告ページを切り取って、例によって壁に貼ったり、下敷きに忍ばせたり、お洒落な雰囲気を楽しむ。

 「アメリカの空気を手元に」という感じだったろう。 下敷きなんて、今時はとっくに死語なんだろうけれども(笑)。



 前からこのブログでは解説していることだが、広告写真は「雑誌のオマケ」という意味で使われることがあった。

 美しい女性や洒落た構図、ウィットに富む写真を広告にして、それを切り抜いてどこかに貼ってくれれば楽しめるじゃないか、この雑誌にはそういうオマケもついてますよ、という意味にもなった。

 雑誌自体にもブランド力は必要だ。

 「スタイル」を伝えるには広告は有用な一種のデコレーションになり、それが高じて、広告にも価値が認められたらいい、そんな狙いがあったのだった。

 そうして雑誌を買う人々には、広告写真にも記事とは違った価値があることになった。

 もっとブランド力があれば、例えば一面のあの赤地に白のコカコーラのロゴだけの広告があった。
 それがカッコよくて欲しくて、雑誌はむしろついで、そのためにカネを出してわざわざ雑誌を買ったりするぐらいのことはあった。



 もちろん、本来の付録やら「オマケ」の意味で、グラビアのヌードなんかはあったが、読者はエロを求めるばかりでもない。

 紙媒体だからこそ、紙という物理的なものとしてオマケになった。

 わざわざ切り取り線なんかやらなかった。
 さりげなくそんな狙いを潜り込ませた。

 今でもパン屋なんかが英字新聞を使って包装紙にするなどの工夫はある。

 

 最近のデジタル社会では、どうだろうか。
 一部ではアイコンプレゼントとか、 著作権フリーのアバターを配布なんてやっている。

 「デスクトップ壁紙」なんてのを配布することもある。

 同じような意味のものは現在でもある。


 石油会社のキャンペーンがどこかで宣伝されていて、「デスクトップ壁紙プレゼント」なんてやっていたことがあった。

 会社のホームページに行くと、期間限定でダウンロードできるようになっていて、水着のモデルの壁紙だった。

 もちろん、その壁紙にはさりげなくその石油会社のGSで見かけるおなじみのロゴがあった。


 にほんブログ村 その他趣味ブログ 昭和レトロへ   
この記事が悪くなかったらクリックをお願いします!
 
ブログランキング(押してね)